変大佐の備忘録

「こころのなか」

よんしきちゃんの「吾輩の一番目の読者になること」という言葉の重みについて #ウチの子たちが一番可愛い

※この記事はドールズフロントライン4周年企画「#ウチの子たちが一番可愛い」にインスピレーションを受けて執筆しました。怪文書枠がアリなら応募させて頂きます。

よんしきちゃんと誓約した指揮官のみがよんしきちゃんの一番目の読者になることができる

指揮官の皆さま、ドールズフロントラインを楽しんでいらっしゃるでしょうか?
わたしきかんは周回そっちのけでラフベリーチェスをプレイしまくり、宿舎をラフベリーチェス家具でいっぱいにしたりしていました。人形がふよふよとマスの上を飛んでてかわいいね。

閑話休題。今から、ドールズフロントラインに登場する四式という人形について、おはなしします。
まずは基本情報。

  • よんしきちゃん(わたしきかんは四式をひらがな表記すると一層かわいくなるという驚愕の事実を発見しているので、以降この表記を使います)はドールズフロントラインに二人存在する漫画家人形のうちの一人です(もう一人はGSh-18)。漫画家の宿命か常に締め切りに追われていて、スキル名すらもデッドライン・ストライク(deadlineは日本語で締め切りを意味する)です。かわいそう。ちなみに、わたしきかんもこの記事をウチの子たちが一番かわいいタグ集計受け付け終了の6時間前から執筆しています。似たもの同士ですね。
  • よんしきちゃんはシラをきっていますが、どうやらWebに指揮官の夢漫画(?)を連載しているようです。ただし、冒頭の誓約後台詞から考えると指揮官にアシスタントをさせているようなので、ちゃんとした商業連載も持っているのでしょう。つまりは商業作家が別名義でエロ同人を書くようなもの……この話はやめておきましょうか。

ほかにも、元ネタの四式自動小銃の開発国である大日本帝国海軍のエッセンスとして桜の意匠が入った軍帽やセーラー服風の衣装をまとっているとか、後方支援出発ボイスがめちゃくちゃかわいいとか、最近ログインボーナスで専用装備を獲得したとか、ゲーム内での性能とか、まあいろいろ語れることはありますが、この記事の本題とは外れるので割愛します。

さて、本題に入りましょう。
種族内で言語によるコミュニケーションを行う動物というものは実を言うとヒトだけではありません。ですが、ヒトにしか表現できないものが存在します。

それが、空想です。

たとえば、「あそこへいけばおいしい水が飲める」ということを仲間に伝えられる動物は居ても、詩を書き、神話を創り、幻想を共有する――つまり、創作を行う動物は現在の地球上にはヒトしかいないと言われています(無限の猿定理とかAIのべりすと等は例外とします)。

そろそろ話が見えてきたかと思います。

漫画家というものは本質的には語り手です。ですから、被造物である人形が新しい物語を紡ぐということは、その人形にとってどんな意味を孕む行為なのでしょうか。人類種への挑戦? 被造物の超克? それとも、人類種の模倣でしょうか。何にしろ、人形のメンタル領域の奥深さには驚嘆しますね。

冒頭の台詞に戻ります。漫画(おそらくネーム段階ですが)を組み上げたよんしきちゃんは指揮官へ原稿を見せに行くことでしょう。創作者というものは常に感想に飢えながら、而して自己の内面の表出とも言える創作物が毀されることの恐れも抱いています。そういったものを真っ先に見せられる相手というものに懸ける信頼、あるいは愛(あえてこういう書き方をしています)の大きさを考えると、感傷を覚えずにはいられません。

そんなよんしきちゃんの想いを、皆さんも想像してみましょう。今のところは人類の特権である、空想力を使って。

(おわり)

【Keyオケ大阪】ハンカチ必須の音楽会Part1【感想】

 久しぶりの更新となりました。9/24のKeyオケ大阪公演の感想記事を“書かねばならない”という思いに駆られ、帰りの電車でポチポチとこの文を打っています……いや、打っていたんですがあまり時間が取れず結局結構な部分を忘れてしまった気がします。ということで……CDを聴き直してから書いています。
 フォロワーさんとの交流も大切な思い出でしたがこれは胸にしまっておくとして、このブログではオケの感想に絞っていきます。

 開演前のプレトーク櫻井浩美さんの熱演アナウンスが、まずぼくを非日常の世界へ誘ってくれました。「さあ、これからはKeyの世界観にどっぷり浸かってもらいますよ」と、現世にいたぼくらを引き戻すような計らいに完全にハマったあと、開発陣によるトークが始まります。これとは別で、休憩を挟むたびに小話の時間があったのですが、馬場社長が気のいい大阪人の典型のような振る舞いで……妙に親近感を覚えました。イベント等にしか露出しない人なので、生の喋りを見るのはもちろん初めて。折戸さんも関西人っぽい喋りで、VAの本拠地がこの大阪であることもKeyオケの会場で初めて知ったことでした。
 すずきけいこさんがゆめみのセリフを度々挟んでくれたのがなかなかテンション上がりました。あの案内人的なキャラ設定は、こういうイベントに強いな、と……
 櫻井さんは安定感のあるMCを務めてくれていました。迫真の演技とおどけた素の態度とのギャップが乱高下すぎて大変でしたが。

 さて、本題のオーケストラ生演奏の話です。ハンカチも膝の上に置いて準備は万端。ふと、そんな演奏が始まる前の沈黙でさえも“音楽”の一つである……と、小学校音楽の授業で耳にしたことを思い出しました。

(印象に残った曲だけピックアップしていきます。曲名が把握できないものもあり、とても全部は書いていられませんので……)

 『朝影』……歴代のKey作品を振り返るこの場において、はじまりの選曲はこれ以外にありえなかったでしょう。目覚め、朝、Keyというブランドの夜明け……オーケストラサウンドの精緻さに唸りながら、今日という日を噛み締めようと決めました。

 『冬の花火』……事前のプログラムを見たときからこれは絶対に覚悟して聴いておこうと思っていましたが……ダメでした。ピアノの旋律が流れ始めた時点でもうドーパミンがドッバドバ出ているのがわかりました。全身がゾクゾクする感じ。その後に追いかけていく音の数々もオーケストラならではの膨らみを持っていてもうそれだけで感情を揺さぶられたのですが……微かに鈴の音が聞こえてきたとき、押しとどめていた涙の堤防が決壊しました。演出がズルすぎる……ここからはもう緩みっぱなしで、一つの曲が終わるたびにハンカチを取り出していたような気がします。
(※ドーパミンと音楽の関係については「音楽の陶酔」研究:脳内では「快楽物質」|WIRED.jpここがわかりやすいです。感情が神経化学的に解き明かされるのってそれはそれでサイエンス的なロマンを感じますよね)

『青空』と『鳥の詩』……Liaさんの生歌を聴くのは初めてだったので本当に楽しみにしていたんですが、正直期待以上でした。透き通っていてなお力強い。通常あちらを立てればこちらが立たずといった状態になる二つの要素がこれ以上ない素晴らしさで両立していて心底驚きました。さらに出で立ちに関しても衣装、立ち居振る舞い、視線の配り方……どれをとってもぼくらの心を鷲掴みにするその姿はまさに歌姫と呼ぶにふさわしいものでした。
 青空のラスサビ、オーケストラの盛り上がりの頂点にあたるポイントとLiaさんの声量が最大量に到達するポイントが重なり、単純なその音楽の『圧』で泣かされてしまいました。何かを思い出して……とかでなく純粋な音楽の力で泣かされたのは、おそらく初めての経験だったと思います。CDに収録されなかったのが本当に悔やまれる……

『Gentle Jena』、『星の舟』……順番は前後しますが、planetarianよりなんと二曲も。馬場社長が一番思い入れのある作品にplanetarianを選んでいたのが、ぼくにとってはちょっとした驚きでしたので……そのあたりを踏まえたプログラムだったのでしょうか。何にせよplanetarianにスポットが当たるのは大変喜ばしいことです。
 特に『星の舟』は事前情報なしでLiaさんの生歌を聴けたので、もう感無量すぎてLiaさんがまだ歌い始めていない前奏の時点で泣いてしまいました。我ながら意味がわからない……

またRewriteとかを書くと長くなりそうなので、残りは後半に回します。忘れないうちに書き残さないと……

本が出ます

 お久しぶりです。お知らせすることがあってブログを更新しました。
 ついに! ぼくには全く関係ない遠い話だと思っていましたが!

 小説同人誌を出させてもらえることになりました!内容はまだ詳しく言えませんが、Rewriteのシリアスなこたこと本44pになる……予定です。本文はすでに書きあがっていて文字数にすると2万字強で、読了速度に換算すると44分ほどになるっぽいです。なんか4が多くて不吉……

 ネタが降ってきてから完成までおおよそ二ヶ月。自分の筆の遅さを痛感しますが、いつかは長編や一次創作で本を出してみたいものですね……

 10月の鍵点にサークル参加予定です。抽選になるかもなので確定ではありませんが。ノベルティとして今考えてるのはニリンソウの押し花しおりとかタオル風ドット絵小鳥のアイロンビーズ/ナノビーズ用型紙とかですが……ニリンソウの栽培って今からでも間に合うのかな……あとタオル風ドットを同人活動に転用していいのかいまいち不安が……

追記:調べてみたらニリンソウの開花時期は4〜5月だったので、押し花計画は詰みです。ありがとうございました。

追記2: タオルドットも流石に使うべきではないと判断して取りやめました。折衷案として、ニリンソウの栞をナノビーズ(4分の1サイズのアイロンビーズ)で作ってみようと思います。

 ともかく新個人サークル「変ぱいあ」も立ち上げて、右も左もわからぬまま同人の世界へ飛び込んでいきますが……是非、応援していただけると嬉しいです。
 それでは。

 ……サークルのwebサイト、新設した方がいいかなあ……

はじめての刀剣展示会レポ【奈良の刀剣〜匠の美と伝統〜】

 ‪どうも、変大佐です。(pixiv開設時から使っている挨拶)
 はじめての私生活レポートです。よろしくお願いします。
 タイトル通り。面白くなかった講義の履修を外して、平日の昼から奈良県立美術館へ足を運びました。「真剣」にお目にかかりたくて。

※中の写真は撮っていません。もしかしたら撮影できたのかもしれませんが、どうにも肉眼で鑑賞したい欲が強すぎて写真のことをすっかり忘れていました。

 刀剣については本当に物心ついた頃から興味があったのですが、あっちへふらふらこっちへふらふらしているうちに、結局真剣についての知識は全く身につかない、といった状態のまま成人を迎えてしまいました。実際、ぼくが興味を持っていた「武具」としての側面を考えるだけなら、わざわざ出向いて真剣をつぶさに鑑賞する、という作業は省かれがちなのです。ですが、居合をしばらく続けているうち、日本刀が持つ精緻な美術品としての側面にも、興味が湧いてきたのです。それならば、手元にある模擬刀ではいささか足りません(めちゃくちゃ気に入ってはいますが)。
 ということで、電車を乗り継ぎ奈良まで向かったのです。
 まず人がいない。もう展示もあと2日で終わるし、平日の昼間だしで外国人観光客とお年を召された方しか見えません。こと美術館において人が多すぎるのは心の平穏を乱す要素でしかないので、奈良県立美術館には申し訳ありませんが人が少なくて助かった、と思いながら鑑賞しておりました。
 感想ですが……展示の内容については、ぼくの刀剣類に関する無教養さを考えるとまともなレビューができないと思うので、さわりだけ申し上げますと……刀剣、という武具にも美術品にもなりえるひとつのアイテムを視座として、古都奈良の歴史を振り返り、また忘れないよう復古する……といった感じでしょうか。
 ……まあ、もとより刀以外に興味がないので刀以外の展示は流し見程度でしたが……。

 驚いたのが、ほとんど真剣についての知識がない状態で刀剣を鑑賞しても、全身が総毛立つというか……良質の音楽に包まれた時のような、身体がぴりぴりと痺れるような感覚が訪れるということです(むかし中学校の理科教師に質問してみたことがあるのですが、ドーパミン‬の作用らしいです。まだ知識を更新していないので真偽は不明)。
 なんだかよくわからない。なんだかよくわからないがこれはすごい。そういう感覚を掴めたのが、今回の収穫です。

 ……いや、それはさすがに内容が薄すぎる、ということで、今回の収穫をもう一つ。
 今までサッパリだった「地鉄(じがね)の働き」がようやく読み取れたこと。模擬刀しか見ていないと、ここは絶対に読めないところなんだなと感じました。特に展示にあった、月山貞利氏作に特徴的らしい「綾杉肌」を見たときには、「美しい」であるとか「豪奢だ」とかではなく、はじめて日本刀に「綺麗だ」という感想を抱きました。ぼくが大金持ちなら多分購入していると思います。

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綾杉肌。引用: http://www.abiroh.com/jp/senses-and-suki/377.html
 いつか真剣を扱うに足る技量を得られたら、真剣も所有してみたいものですね。
 あ、お土産も買いました。鐔栞。真鍮製で重みがあるところが大変よろしいと思います。

 それでは、また次の記事で。

【読書感想文モドキ】青春の終わり【変態王子と笑わない猫。】

 青春とはそれを自覚した瞬間に終わりを迎えるものである――変大佐(高校一年生)

 いや、そんなこと周囲に触れ回ってキャッキャ言わしてるのが青春なんやぞ――変大佐(大学三年生)

 ぼくの青春が終わりました。
 といっても、別に失恋したとかそういうのではなく――ひとつのラノベシリーズが完結した、というだけの話。
 創作物には力があります。経験則として。
 たとえば、「ハルヒ」や、「タオルケットをもう一度シリーズ」などはぼくのオタクとしての第二の生に大きな影響を与えましたし、「田中ロミオ作品」はぼくの思想信条そのものを変えてしまったりしました。では、この「変猫」はどうだったのかというと――ぼくの青春に寄り添ってきたという、ただそれだけのラノベです。

 少しばかり、昔の話をしましょうか。その作品と出会ったのは、2013年の5月くらい――ぼくが高校一年生のときでした。
 今も覚えています。初めて深夜アニメを見るために一旦寝てからもう一回起きてきて、家族が寝静まった部屋でTVをつける。「いつものメンツ」で固まったLINEグループでは軽口が飛び交っていて、TVでは普段お目にかかれない若者向けのサブカルCMが流れている。新鮮な気分でした。これから始まるのが変態ハレンチラブコメだとはつゆ知らず。
 今まで耳にしたことのない甘ったるい萌え声(あとから確認したら田村ゆかり氏だった)。めちゃくちゃ軽率に弾け飛ぶ衣服。いつのまにか淫靡なイベントが起こりまくっている訳の分からない筋書き。寝ている家族を気にしながら唖然とする深夜二時のぼく。「あまりにも刺激が強すぎた」と、後日そのメンツに報告していたことを記憶しています。
 そもそもの発端は長門有希でした。またあの女か。オタク友達というものに初めて巡り会ったぼくは、とりあえず今の推しキャラに似た属性のヒロインがいるアニメから攻めるべしという助言をもらったのです。それがちょうどその時期に放送していた変猫だった……というお話。
 それからのぼくは悩みました。たしかに月子ちゃんはベリーきゅーとだった。しかしながら、毎晩あんなものを見せられては甘ったるすぎて胃もたれを起こしてしまう……。
 悩みに悩んだぼくは、とりあえずふらっと立ち寄った中古書店で原作ラノベを読んでみることにしたのです。これが意外とイケる。文章を読んで頭の中に映像を展開する方が、直接映像を送り込まれるより自分のペースで楽しめると気づいたのです。このときから、コンテンツを貪るときはまず文字媒体から、という習慣が定着し始めました。
 はじめて西のアキバ、大阪日本橋に「いつものメンツ」と向かったときも、多少ビビりながら変猫の原作ラノベをまとめ買いしました。ついてくる「オマケ」にも少し驚きながら。
 ↓まだ残ってますね。

 まあ、その文庫本の変猫ラノベは片思いの人に全部プレゼントしてしまうという話が別にあったりするのですが、その話は非常に長くなるのでまたあとに書きますね。
 とにもかくにも、そんな思い出深いラノベシリーズが完結してしまったことに、一抹の喪失感を覚えるのです。あの頃から時は経ち、ぼくはいっちょまえにものごとについて深く考えたりそれを文章化したりできるようになりました。でも、手に取ったものすべてが目新しく、それをすぐさまに共有して目を輝かせていたあの頃に、ぼくは何かを置き忘れていったような気もするのです。

 って、読書感想文にするつもりがただの思い出話になってしまった。変猫という物語については、また一巻から読み返してから書きたいと思います。それでは。
 

【読書感想文】終末におけるやすらぎとスペクタクルの調和について【少女終末旅行】

 お久しぶりです。ここ何ヶ月かずっととある作品の記事をみっちり書き詰めていたせいで、しばらく文章を書く気力が消し飛んでいた変大佐です。冗長な文章ならいくらでも書けますが、内容を膨らませつつきちんと練った文章を書くのは、やはりかなりのエネルギーを消費しますね。
 ところで、創作に「非日常のやすらぎ」を求める場合と「非日常のスペクタクル」を求める場合とでは、大抵貪るべきコンテンツは異なりますよね。
 終わらない日曜日のようなぬるい時間が流れる、疲れ切った心に潤いを与えてくれるような作品(さはなくんちゃんさんに曰く、Vtuberたちの作っている終わらない日常アニメも、おそらくこちらに該当します)と、あるいはタイムラプス動画のような凝縮された日々の中で、登場人物の運命に一喜一憂させることで心を激しく揺さぶってくれるような作品とでは、その対象とする「層」が大きく異なるはずです。
 それはひたすらやすらぎを求める人であったり、ひたすらスペクタクルを求める人であったりしますが、終わらない日曜日も、凝縮された「他者」の人生も、ぼくたちの日常にはないものです。だからこそ、フィクションは力を持つものだと思いますが。

 閑話休題

 やすらぎ重視とスペクタクル重視、彼らの言い分はそれぞれこうです。
「非日常の中でまで、つらい思いをしたくない」
「非日常の中でこそ、魂揺さぶる疑似体験が欲しい」

 前者が兄、後者が弟であるぼくです。
 ぼくら兄弟は両方「涼宮ハルヒの憂鬱」というこれら二つのどちらをも兼ね備えたコンテンツから二次元フィクションにズブズブとハマっていきましたが、その後にたどる作品の好みはおおよそ両極端と言っていい偏り方を見せていました(推しキャラの好みだけはお互いにずっと長門を鋳型にしていて、弟ながら歯がゆい思いでしたが)。そんなぼくら二人が、数年ぶりにお互いの琴線に触れるコンテンツに出会いました。それがこれです。

少女終末旅行 1 (BUNCH COMICS)

少女終末旅行 1 (BUNCH COMICS)

 はい。前置きが長くなりましたね。これは少女終末旅行の読書感想文ですよ。もしかしてお忘れになっていたのでは?
 ……まあ、だいたい言わんとすることは既に伝わったかと思いますが、念のため申し上げておくと、この作品は先に述べた「やすらぎ」と「スペクタクル」の両方が、これまでに見たことのない奇跡的なバランスで成立しています。
 そう、「やすらぎ」を「諦観」にすり替えることによって。
 絶望的なはずなのに、絶望感がない。だって道は続いているから。果てがない。終わりが見えない。だってもう終わっているから。それだのに、彼らの旅路は我々の目には平穏に映るのです。それが平坦に見える断崖であることを、薄々と感じながらも。
 ふわふわもちもちのタッチで描かれたチトとユーリ、その他の有機的な登場人物が、恐ろしく冷たく無機質で角ばった背景、小道具、そして無機的な登場人物たちと出会い、失われた過去に思いを馳せます。彼らのそうした様子はまさに別世界の――あるいは遠くない未来の――日常そのもので、ぼーっと見ているとなんだか心が温まるものですが……そうして呟いた彼女らの何気ない一言が、不意に受け手側の心を射抜いていったりもするのです。
 彼女らふたりの顛末についての詳細な感想はあえて述べませんが、本を閉じたとき(電子書籍なのであくまで比喩ですが)、ぼくの心にはひとつの日常アニメを見終わったときのような喪失感と、ひとつの物語に蹴りをつけたような充足感が等量に去来していました。いい作品でした。つくみず先生バンザイ。

【Rewrite】こたことは何故ぼくらの胸を詰まらせるのかPart3【Hf~まとめ】

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彼の心境如何ばかりか。これまで記述してこなかったが、彼もまたこたことに欠かせない要素である。
※当記事は
hentaisa.hatenablog.com
および
hentaisa.hatenablog.com
の続きです。こちらをお読みになってからお越しください。また、今回からはRewrite Harvest festa! のネタバレも含みます。
 今回はRewrite上級者向け。なんというか、萌え語りというよりは考察に近いPartになってしまいました。我こそはこたこと沼にハマりし者! と豪語する方にこそ読んでほしいです。別に豪語してなくてもいいです。そしてあなた方が、イラストや、あるいは小説で、こたことを生産するその一助になれば、筆者にとってこれ以上の喜びはありません。

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